大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)1204号 判決

上告人

安田正吉

ほか一名

代理人

舎川昭三

被上告人

小野芳太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人舎川昭三の上告理由一について。

本人から手形振出の権限を付与されていない他人が、手形上に自己の名義を表示することなく、直接に本人名義の署名または記名捺印を手形上にあらわす方式(いわゆる機関方式)により手形を振り出した場合に、第三者において右他人が本人名義で手形を振り出す権限があると信ずるについて正当な理由があるときは、本人は、右他人のなした手形振出についてその責に任ずべきものと解するのが相当である。けだし、前記の場合、機関方式による手形振出は、その形式においては、本人から手形振出の権限を付与されていない他人が本人の代理人としての資格を表示して自ら署名または記名捺印をする方式(いわゆる代理方式)による手形振出とは異なるけれども、右はいずれも無権限者による本人名義の手形振出である点において差異はないところ、無権限によりいわゆる代理方式による手形振出がなされた場合には表見代理に関する規定の適用を肯定すべきものであるから、第三者の信頼を保護しようとする表見代理の制度の趣旨から実質的に考察すれば、無権限者が機関方式により手形を振り出して本人名義の手形を偽造した場合においても、右表見代理に関する規定を類推適用し、代理方式による手形行為が無権限者によりなされた場合と同様の法律関係の成立を肯定するのが相当であるからである。

ところで、原審の確定するところによれば、訴外早坂藤蔵は、上告人安田正吉から本件手形振出の権限を付与されていないのに、本件手形の振出人欄に直接に同上告人の名義を記載して本件手形を偽造したが、右は原判示の経緯により訴外藤蔵が上告人正吉から付与された訴外新庄信用金庫に対する手形振出等の代理権の範囲を越えてしたものであり、かつ、被上告人は同訴外人に上告人安田正吉名義で本件手形を振り出す権限があると信ずるについて正当な理由があつたというのであつて、原審の挙示する証拠によれば、原審の右認定はこれを是認することができる。そして、手形偽造の場合においても表見代理に関する規定の類推適用があると解すべきことは前記のとおりであるから、原審の認定した右の事実関係のもとにおいては、上告人正吉は、民法一一〇条の類推適用により、本件手形について振出人としての責に任ずべきであると解するのが相当である。よつて、右と同趣旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法は存しないから、所論は採用することができない。

同二、三について。

所論の点に関する原審の認定および判断は、挙示の証拠により、これを是認することができる。所論は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、右認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、九三条、八九条にしたがい、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例